新株発行差止仮処分、東京地裁決定の抜粋

創業家らが申し立てた新株発行差止仮処分命令申立事件に対する東京地裁決定のうち、判断の枠組みと個々の争点に関する裁判所の判断の結果について、決定書の【事実及び理由】を抜粋したものを公開致します。創業家らの即時抗告を棄却した東京高裁の決定も、基本的には東京地裁の判断を踏襲しています。
ご覧になられた皆様が、出光興産経営陣と創業家との紛争の実態の一部をご理解頂くための、一資料として頂けますと幸いです。
なお、マーカーは当職が引いたものであり、決定書には引かれておりません。

第1 申立て
債務者が平成29年7月3日の取締役会決議に基づいて現に発行手続中の普通株式4800万株の発行を仮に差し止める。

第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,債務者の株主である債権者らが,公募増資の方法で行う前記第1記載の普通株式の発行(以下「本件新株発行」という。)は「株式の発行(中略)が著しく不公正な方法により行われる場合」(会社法210条2号)に該当し,これによって債権者らが「不利益を受けるおそれがある」(同条柱書)として,本件新株発行を仮に差し止めるよう求める事案である。

2 前提事実
【省略】

第3 当裁判所の判断
1 本件追加主張について
【省略】

2 認定事実
【省略】

3 本件新株発行は「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)により行われる新株の発行に該当するか否かについて
(1) 会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による募集株式の発行とは,不当な目的を達成する手段として株式発行が利用される場合をいうと解されるところ,会社の支配権につき争いがあり,現経営陣が,支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,もって自らの支配権を維持・確保することなどを主要な目的として新株発行をするときは,当該株式発行は不当な目的を達成する手段として行われる場合に当たるというべきである。

(2) そこで,本件において,会社の支配権につき争いがあるか,債務者経営陣は自らの支配権を維持・確保する目的で新株発行をしたかにつき検討する。
ア 前記前提事実及び認定事実によれば,もともと債権者らの保有株式数は合計で発行済株式総数の約33.92パーセントであって,債権者らが一体となって議決権を行使すれば,それだけで株主総会の特別決議案件を否決し得る状況にあったこと,債権者らと月岡社長ら債務者経営陣との間においては,株主総会の特別決議を要する昭和シェルとの合併(会社法309条2項12号,783条1項,795条1項,804条1項)を前提とする経営統合の当否について,激しい意見の対立があり,平成27年12月以降協議を継続してきたが,債権者ら代理人鶴間弁護士が,平成29年3月同経営統合に反対する旨を宣言し,同年6月5日債務者の株主に対し,同月29日に開催される定時株主総会において月岡社長ら5名の取締役の選任に反対するので賛同するよう要請する書簡を送付するに及んで,対立は決定的となったこと,同定時株主総会においては,鶴間弁護士が選任に反対する意向を示していた5名の取締役の選任議案は,約61パーセントの賛成をもって可決されたこと(その余の債務者取締役7名の選任議案は,98パーセント超の賛成をもって可決された。)が認められ,これらの事情を総合すれば,本件においては,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の当否を中核として,債権者らと月岡社長ら5名の取締役とは,それぞれを支持する株主を巻き込んで,実質的に債務者の支配権を争う関係にあったものと一応認定するのが相当である。

イ さらに,前記前提事実及び認定事実によれば,債権者らは,特別決議事項である合併が議案となった場合には,一体となって議決権を行使すれば,それだけで同議案を否決できる立場にあったこと,債権者らは,第102回定時総会に向けて債務者の株主に対し,月岡社長ら5名の取締役の選任議案に反対するよう要請する書簡を送付するなど,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合に一貫して強く反対してきたこと,債務者経営陣は,自らが選任された同定時株主総会の直後である平成29年7月3日本件新株発行を決議し,同月12日にはその払込期日を同月20日,発行価格を2489.36円と定めたこと,本件新株発行により,債権者らの合計持株比率は最大で約26.09パーセントまで低下すること,債権者らが同持株比率を維持するためには,本件新株発行の際,最大で約470億円を払い込まなければならず,当該払込みをしなければ,少なくとも本件新株発行直後において,債権者らの合計持株比率は現在よりも相当程度低下することになること,債権者日章興産,同文化福祉財団及び同美術館の流動資産及び現預金は,公表されている資料によれば約98億円であり,これと上記約470億円の資金との差額を準備することは,個人にとっても法人にとっても通常困難又は不可能であること,月岡社長ら債務者経営陣は,既に多額の出捐をして,市場株価よりも高い金額で昭和シェル株式を取得しており,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合が成立しなかった場合には,当該取得を決議した取締役らが責任追及をされる可能性もあることが認められ,これらの事情を総合すれば,月岡社長ら債務者経営陣の全部又は一部には,本件新株発行をするに当たり,現時点で昭和シェルとの合併を前提とする経営統合に頑強に抵抗する債権者らの持株比率を相当程度減少させ,その後の債権者らとの交渉等を円滑に進めるなどし,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したものと一応推認するのが相当である。そして,このような目的は,会社法が本来取締役会に新株発行権限を付与した趣旨とは異なるものである上,同目的のとおりに昭和シェルとの経営統合が成功した場合には,月岡社長ら債務者経営陣に取締役としての善管注意義務違反があったとしても,債務者の株主からの責任追及を受ける可能性を低下させるものであることからすると,一種の権限濫用行為を誘発する不当な目的であるというべきである。

ウ もっとも,本件新株発行は公募増資の方法により行われるものであることは前記前提事実記載のとおりであるところ,一般論として,①公募増資においては,割当先が取締役の意思とは無関係に決定され,割当先が取締役の意向に沿って議決権を行使する保証はないこと,②取締役に反対する株主や第三者も株式の割当を受ける可能性があること,③取締役に反対する株主が,公募増資後,株式市場に売りに出された株式を取得する可能性も否定できないことからすると,第三者割当増資の場合に比して,取締役に反対する株主らの支配権を減弱させる確実性は弱いものと考えられる。また,一件記録を精査しても,本件新株発行後,直ちに株主総会が開催され,昭和シェルとの合併が特別決議事項として議題となることを窺わせる証拠はない。
そうすると,月岡社長ら債務者経営陣の全部又は一部には上記イ記載の目的が存在したものと一応推認されるものの,当該目的が本件新株発行の唯一の又は主要な目的であるか否かを判断するに当たっては,上記のような制約ないし事情を考慮する必要があるものというべきである。

(3) 債務者の資金調達の必要性・合理性
ア 債務者は,本件新株発行は債務者の財務体質改善等を目的とする旨主張し,①債務者はかねてより公募増資を実行しようとしていたが,環境等が整わなかったため実行できずにいたところ,原油価格の上昇や業績の向上もあって株価が高水準で推移するなど,公募増資に適した状況に至ったことから,平成29年2月に債務者内部での検討を開始し,同年4月からは引受証券会社等の第三者も関与した検討を行い,同年7月3日に本件新株発行の決議を行うに至ったこと,②本件新株発行による調達資金のうち522億2000万円を戦略投資に充て,残りを,平成29年12月18日弁済期が到来する昭和シェル株式取得のための本件ブリッジローン契約による借入金1590億円の一部の返済に充てる予定であることなどを主張する。

イ 【省略】
もっとも,前記(2)イにおいて認定・説示したとおり,月岡社長ら債務者経営陣の全部又は一部には,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したと一応認められるのであるから,債務者は本件新株発行計画の策定の経緯やその合理性につき十分な説明をする責務を負うというべきであって,前記のような一般的な財務体質改善の必要性や外的要因の存在のみをもって,債務者が本件新株発行により資金を調達する必要性・合理性があったということはできない。また,本件新株発行により調達した資金の使途について,引受審査資料(疎乙19)及び有価証券届出書(疎乙21)に債務者の主張に沿う記載があることは,前記認定事実記載のとおりであるが,それのみでは上記説明としては不十分である
そこで,債務者が主張する資金使途ごとに,本件新株発行によって資金調達をする必要性・合理性があるか否かを検討することとする。

ウ 債務者が主張する資金使途ごとの検討
(ア) 戦略投資
a ニソンプロジェクト
【省略】
債務者は,さらに,同年内に予定されている商業運転開始までの試運転期間中は,運転資金を確保するために債務者らが出資及び貸付けを行う必要があるとして,本件新株発行による調達資金のうち142億円を,平成29年度中に実施予定の出資及び貸付けに充てる予定である旨主張する。しかし,現時点において,同合弁会社に対する出資及び貸付けを行う必要性や相当性に関する的確な証拠はなく,建設工事が完工した後に運転資金の供与が必要であることについての疎明もない。ひいては,上記出資及び貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

b ベトナム石油販売事業(海外石油事業)
【省略】
債務者は,さらに,上記19億9100万米ドルの一部に充てるため,本件新株発行による調達資金のうち9億円を上記会社に貸し付ける予定である旨主張する。しかし,上記会社の4年間分の必要資金19億9100万米ドルの一部9億円(1年目及び2年目のプレ販売期間の出捐額と思われる〈疎乙22の1・11頁〉。)をこの時期にまとめて貸し付ける必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

c 愛知製油所C8スプリッター設置工事(国内石油事業)
【省略】
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,上記設備の建設は平成26年中に検討されていたのであるから,既に設備投資費用の調達方法等についても検討されているのが通常であると考えられるところ,本件新株発行によって調達した資金を同費用に充てる必要性や,誰がどのような検討を経てそのような結論に至ったのかについての主張立証はない。したがって,上記設備投資費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

d 出光ルブテクノインドネシア能力増強(高機能材事業)
【省略】
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち63億円を上記子会社に対する出資又は貸付金に充てる予定であり,これは上記子会社の工場建設資金に充てられる予定である旨主張する。しかし,工場建設の正式承認に係る最終審議すら行われていない現時点において,本件新株発行により工場建設資金の全額を調達することの必要性・相当性は説明されておらず,ひいては,上記出資又は貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

e 出光ルブインド能力増強(高機能材事業)
【省略】
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち16億円を上記子会社に対する貸付金に充てる予定であり,これは同社の平成29年度から平成31年度までの設備建設資金に充てられる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの3年間の設備建設資金を一括して調達する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

f 水添石油樹脂製造装置建設(海外化学品・高機能材事業)
【省略】
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち25億円を上記合弁会社への出資金に充てる予定である旨主張する。しかしながら,上記のとおり,上記合弁会社は平成28年1月に設立済みであるにもかかわらず,平成29年7月に至ってなお,同社の出資金を債務者が出捐する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記出資のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

g 新規地熱事業地域の調査活動(再生エネルギー・電力事業)
【省略】
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち28億円を地熱事業を行う地域の調査活動用機器等の設備投資資金に充てる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する資金をまとめて調達する必要性に関する的確な主張立証はなく,ひいては,上記支出のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

h 有機EL材料関連製造装置開発等(高機能材の研究開発等)
【省略】
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち40億2000万円を有機EL材料製造等のための各種投資費用に充てる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する予定の資金をまとめて調達する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記支出のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

i 電子材料研究開発(高機能材の研究開発)
【省略】
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する予定の資金をまとめて調達する必要性に関する的確な証拠はない。したがって,上記研究開発費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

j 固体電解質等の研究開発(高機能材の研究関連)
【省略】
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に必要となる予定の資金を一括して調達する必要性に関する的確な証拠もない。したがって,上記各開発費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

(イ) 昭和シェル株式取得のための借入金の一部の資本への置換え
a 【省略】
b 【省略】
たしかに,前記認定事実によれば,債務者は当初,昭和シェルの株式取得資金を金融機関からの借入れによって調達する方針を立て,これを公表していたこと,本件劣後ローン契約は2度にわたって実行日が変更されたものの,結局,実行には至らなかったこと,債務者は,昭和シェルの株式を取得した後も,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の借換資金を本件劣後ローン契約によって調達する予定であったことが一応認められる。
しかしながら,他方,他の資金調達手段が存在することから直ちに,本件新株発行による資金調達の必要性・合理性が失われるわけではない上,債務者が,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の借換資金を本件劣後ローン契約によって調達するに至らなかった経緯をみても,債務者が借換えを意図的に行ったものとは考えられない。そして,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済期が平成29年12月18日に迫っていることからすると,債務者がその返済資金を用意する必要性は客観的に明らかである。
したがって,資金調達の必要性・合理性はあるものと一応認められるから,債権者らの主張は採用することができない。
【省略】

(4) 本件新株発行の主要な目的について
上記認定・説示によれば,本件新株発行については,月岡社長ら債務者経営陣の全部又は一部に,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したものと推認される一方で,債務者には客観的な資金調達の目的も存在したものと認められ,両者は併存するものというべきである。
そこで,本件新株発行の主要な目的がいずれであるかについて検討するに,本件新株発行は証券会社が引き受ける公募増資の方法によるものであって,第三者割当増資の方法による場合に比して,取締役に反対する株主の支配権を減弱させる確実性は弱いものと考えられること(【省略】)に加え,本件新株発行後,直ちに株主総会が開催され,昭和シェルとの合併が議題になることを窺わせる証拠はないことは,前記認定・説示のとおりであり,債務者経営陣は,本件新株発行後,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の当否について株主がどのような意向を有しているかを確認することができるまでは,債権者らの反対を押し切って,昭和シェルとの合併承認議案を目的とする臨時株主総会を招集するなどの行動に出る可能性が高いとは認められない
他方,債務者が本件ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済期を数か月後に控えていることは前記認定事実記載のとおりであり,それまでに返済資金を用意する必要性が高いことは,客観的に明らかである。
そうすると,本件新株発行の主要な目的が,客観的な資金調達の目的ではなく,債権者らと月岡社長ら債務者経営陣との間の債務者支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的であるとまで断ずるに足りる証拠はなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(5) 以上のとおり,本件新株発行の主要目的が不当なものであると認めるに足りる証拠はないから,本件新株発行が「著しく不公正な方法」により行われたものであるとの疎明があったともいえない。
したがって,本件においては,被保全権利の疎明がなかったことに帰する。

第4 結論
よって,その余の点について検討するまでもなく,本件申立ては理由がないからこれを却下することとし,主文のとおり決定する。